府中市(ふちゅうし)は、中国地方・広島県の南東部に位置する内陸工業都市である。備後都市圏の一翼を担う。
面積195.71k㎡・総人口42,531人・市の木 さくら・市の花 あじさい。
地理:盆地を形成する市域を、一級河川・芦田川が貫流する。中心市街地は隣接の福山市新一町と完全に連続して集積しているが上下町地区は他の地区とは孤立した地域となっている。
律令時代には備後国の国府が置かれた地であり、また「府中」という地名は国府所在地を意味する名称であるため、日本各地に府中の地名が存在する。そのことから他の府中(同一市名である東京都府中市や同じ広島県内の安芸郡府中町など)と区別して「備後府中」と呼ばれる。
同じ名称の市が複数存在する例は、1955年1月1日から2005年12月31日までの間は府中市が全国で唯一であった。
1955年1月1日 – 福島県若松市が周辺町村の編入に伴って名称を会津若松市に変更し、福岡県若松市(現・北九州市若松)との同一市名が回避された。
2006年1月1日 – 福島県伊達市が成立し、北海道伊達市と同一市名になった。
歴史:備後国国府が現在の府中市中心部付近に置かれ、以後、この地は府中と呼ばれるようになる。
1619年徳川家康の従兄弟水野勝成 が西国鎮衛の役目を命じられ備後国東南部・備中国西南部の十万石に転封 現在の市域のうち旧御調郡を除く地域は備後福山藩領となる。
1698年 5代藩主水野勝岑死去により、無嗣除封。この時に旧甲奴郡分(現在の府中市の一部や府中市上下町分も含む)は天領となる。天領支配のため上下陣屋が設けられる。
1699年 松平忠雅福山に転封。
1710年 松平忠雅福山から移封。
1710年 阿部正邦が福山に転封。
1845年 阿部正弘が幕府老中首座に就任。
1871年 明治維新・廃藩置県により旧福山藩領と神石郡の一部を持って福山県設立。
1871年 福山県から深津県へ名称変更。
1872年 深津県と倉敷県が統合し小田県設立。それに伴い、県庁は笠岡に移転。
1875年 小田県が岡山県へ編入。
1876年 岡山県より旧備後国沼隈、深津、安那、品治、芦田、神石の6郡が広島県に移管。
市町村制施行以後:
1896年6月3日芦田郡府中市村が町制施行し、芦田郡府中町(初代)が成立。
1898年10月1日 芦田・品治(ほんじ)両郡が統合され、芦品郡が成立。府中には芦品郡役所が設置される。
1914年7月21日 両備軽便鉄道(現:JR福塩線)・両備福山(1935年廃止)~府中町(現:府中)間が開業。
1923年4月1日栗生(くりぶ)村土生(はぶ)の一部を編入(現在の府中市用土町の区域)。
1925年2月1日 芦品郡出口町と対等合併し、府中町(2代)が成立。
1924年6月25日 両備軽便鉄道・両備福山~府中町間が電化される(中国地方の国鉄線では初の電化)。
1938年7月28日 JR福塩線が府中~上下間の開通をもって全通。
1954年3月31日 芦品郡府中町及び岩谷・栗生・国府・下川辺・広谷各村が対等合併し、市制施行。
※同市名である東京都府中市の市制施行は翌4月1日
1956年9月30日 芦品郡河佐村と御調郡諸田村の一部(小国・諸毛)、御調町三郎丸を編入。
1975年2月1日 芦品郡協和村を編入。
1993年4月1日 市内を通る主要地方道2路線(広島県道24号福山上下線の一部・広島県道49号府中御調線の全線)が国道486号に昇格する(これにより中国地方全49市〔当時〕に国道が通ることになった)。
2004年4月1日 甲奴郡上下町を編入。
市名の由来:大化の改新以後、備後国の国府があったとされる。市名はそれに由来する。
産業:地場産業としての家具づくりには江戸時代からの伝統があり、府中家具として知られる。特に府中タンスは桐の高級家具として有名。また、府中味噌の産地としても知られる。リョービ、北側鉄工所、ヒロボー(旧広島紡績)などが当地を発祥に本社を今なお置く企業も多く、独立した個性的な創業者精神の強い街でもあるが最近は隣接の福山市への本社移転が目立つ。
リョービ本社所在地・電動工具大手(東証1部上場)・北側鉄工所本社所在地・工作機器・鋳造(東証1 部上場)・北側精機 本社所在地・電子基板製造装置、リフト製造大手(JASDAQ上場)・ヒロボー 本社所在地・無線ヘリ製造大手・ヤスハラケミカル 本社所在地・接着剤製造大手(東証2部上場)・青山商事 発祥地・洋服の青山・現在の本社所在地は福山市(東証1部上場)・ハローズ 発祥地・食品スーパー中堅・現在の本社所在地は福山市(JASDAQ上場)・ジーベック 発祥地・ワーキングウエア製造販売大手・現在の本社所在地は福山市・金光味噌 府中味噌の老舗・浅野味噌 府中味噌の老舗
観光スポット・イベント:矢野温泉(やのおんせん)は、広島県府中市上下町(旧国備後国)にある温泉。泉質-放射能泉 ・源泉温度30℃・毎分湧出領200リットル・無色透明の源泉
温泉街:湯川沿いに温泉地が広がる。旅館などは4軒存在する。共同浴場はないため、日帰り入浴は旅館の日帰り受付を利用することになる。温泉地の近くには、天然記念物にも指定されている矢野岩海がある。
歴史: 開湯は建仁年間である。開湯電設によれば、豊成法師により発見されたという古湯。古くは湯治湯として栄え、一日に450人もの人々が湯治したと言い伝えられている。
大正・昭和初期に湯治を兼ねた歓楽街・色町として栄えた。 当時の名残をとどめる劇場「翁座」は上下駅より徒歩5分のところにあり(現在廃館している)、旅芸人一座の興行が連日組まれては盛況を博した。なお、翁座は、上下駅が最寄り駅であり、矢野温泉は備後矢野駅が最寄り駅である。 現在は「矢野温泉あやめ荘」において興行が行われている。
昭和47年7月29日 – 環境庁告示第11号により、国民保養温泉地に指定。
その他、首なし地蔵・安楽寺のさつき祭り・オオムラサキの里(僧殿町)・河佐峡・羽高湖・三郎の滝・天然のウォータースライダー・青目寺-七ツ池・府中市立歴史民族資料館(建物は旧芦品郡役所を移築して利用)・府中家具木工資料館・石州街道・出口通りの町並み・銀山通り(石見銀山に向かう街道の出口に当たる・甘南備神社の門前町)・日本一の石灯籠-1841年に完成した地上総高9メートル、笠石面積約4畳半の巨大な石灯籠・恋しき-大正時代の料亭・遊郭。現在は改装してお土産・喫茶・庭園公開をしている。
春まちコンサート-府中市文化センターの自主事業として、同市に拠点をおく府中シティオーケストラが毎年2月にクラシックコンサートを開催している。
府中ドレミファフェスティバル-毎年7月に開催される夏祭り。花火大会やパレード、音楽祭などが行なわれる。
府中産業メッセ-地場産品の展示・実演・即売会などのイベントが、府中市立総合体育館(ウッドアリーナ)で開催される。
府中焼き-豚バラ肉の代わりにミンチ肉を使用したお好み焼き。町おこしの一環として、府中焼きフェスタなどのイベントが開催されている。
同一名称:府中市(東京都)(武蔵府中)・府中町(安芸府中)
出身有名人:平幹二朗(俳優、上下町出身)・井原春樹 (元西武ライオンズ監督、元オリックス・ブルーウェーブ監督、読売ジャイアンツヘッドコーチ、上下町出身)・高橋一三 (元読売ジャイアンツ、日本ハムファイターズ投手)・片岡光弘 (元広島東洋カープ、中日ドラゴンズ、大洋ホエールズ内野手、宮崎ゴールデンゴールズ監督)・松本英彦 (サックス奏者)・柳憂怜(俳優、たけし軍団)・小野文恵 (NHKアナウンサー 鶴瓶の家族に乾杯、ためしてガッテン、土曜スタジオパーク)・森友嵐士 (元T-BOLAN、ラジオパーソナリティ)・田中卓志 (アンガールズ、 お笑い芸人、上下町出身)臂美恵 (仏教漫画家)・岡田美知代 (文学者、上下町出身)・岡田冨美子・原田砂織 (彫刻家)・荻田詩乃 (山陰中央テレビジョン放送元アナウンサー、 笠岡放送アナウンサー